ガラケー派の主張
1 ガラケーとは「ガラパゴス携帯」の略で、世界標準から外れた独自の進化をとげた日本の携帯のことといわれています。「ガラクタ携帯」の略ではありません。
気づけば私の周りでガラケーを使っている人をほとんど見かけなくなりました。
妻はiPhoneを使っていますし、私の両親も今はらくらくスマホというものを使っています。
私は、厳密にいうとガラホと呼ばれる携帯電話を利用しています。
ガラホとは、スマホ用の機能を搭載したガラケーのことで、形はガラケーなのですが、LINEなどの特定のアプリを使用することができます。
もっとも中身はガラケーなので、スマホのように様々なアプリをインストールしたりタッチパネルでの操作はできません。
今流行しているポケモンGOも、今使っている携帯電話ではもちろんできません。
今の時代、ガラケーを使っていると、どうしてスマホに替えないのかと尋ねられることも多くなりましたし、例えばレストランで料理を待っているとき、周りがスマホをいじりだして寂しい思いをしたことがありますので、今回はガラケー派の主張を書いていきます。
2 自動車や腕時計のように、携帯電話に対するこだわりもあると思います。
私のようにガラケーを使い続ける人間には、ガラケーに対する強いこだわりがあると聞きます。
ガラケーを使い続ける理由としては、長年使い続けたガラケーに愛着があること、スマホの機能が多すぎて使いこなせないこと、ガラケーのほうがスマホより通信料が安いこと、ガラケーのほうが電池の持ちがよいこと、タッチパネルが使いづらいことなどが挙げられます。
私が携帯電話に求める中心的な機能は通話機能とメール機能です。さらに電池の持ちがよいことも必要だと思っています。確かに、携帯電話でスムーズにネットができれば便利だと思いますが、個人的にはスマホの小さい画面でネットをするのは好みません。
私は、通話とメール機能があり、頻繁に充電することなく使用することができるガラケーからスマホに替える必要はないと考えているため、今でもガラケーを使い続けています(今年ガラケーから前述したガラホに機種変更をしました)。
実はタブレットをガラケーと併用しております。外出先で調べ物をするときには、タブレットを利用しているため、スマホに替える必要性もありません。
3 一度スマホに替えたものの、ガラケーに戻す人もいると聞きます。
戻す理由としては、先ほど挙げたガラケーを使い続ける理由のほかに、LINEなどのコミュニケーションアプリに煩わしさを感じるためという理由もあるようです。
純粋なガラケーだとLINEができませんので、LINEの友達登録をお願いされても、ガラケーなのでLINEが使えないと断ることができるからです。
スマホでLINEなどのアプリをインストールした際、操作ミスで電話帳に登録している人に友達申請をすることになり、希望しない人とも友達登録することになってしまったという話も聞いたことがあります。
電話帳の登録機能もうまく使えば便利な機能だと思いますが、使い方を間違えると取り返しのつかないことにもなりかねないようです。
その他、SNS疲れ(フェイスブックなどのSNSを頻繁に確認してしまう)、暇があればスマホをいじるため疲れ目になる、ゲームアプリに高額の課金をしてしまうなどのスマホ依存症から脱却するためにガラケーに戻す人もいるようです。
スマホからガラケーに戻された方には「おかえりなさい」と言いたくなります。
4 以前、街中で「使っているのがガラケーだから、恥ずかしくて人前に出せない」と嘆いている若い人を見ました。
私は心の中で、堂々とガラケーを使い続けてほしいと呟いてしまいました。
今の時代、携帯電話は日常生活を送ったり仕事をするために必要なものではありますが、それぞれ自分にあった種類の携帯電話を持てばよいと思っています。
携帯電話会社は、いずれガラケーを販売しなくなるという話を聞いたこともあります。
いずれは消えていくガラケーかもしれませんが、その日が来るまで使い続けようと思います。